第一章
「それで夏実はどうするつもり?」
モニターの向こうからそう問いかけられる。
「どうするって言われても……」
音葉先輩からの電話からちょうど四ヶ月。
あの後、私は音葉先輩から春秋さんの事。フラスクの事。そして先輩と春秋さんとの現在の関係を知った。
私が離れてからまだ二年。
たった二年間で私の知っている世界は変わっていた。勿論私もこの二年で大きく変わった。あの二年前の出来事からよくもまあこんなに変われたなぁって私自身が一番驚いている。でもそのきっかけになったのは音葉先輩と今私と画面上で話をしている眼鏡が良く似合う女の子。『沙紀』。
……そして先輩の恋人、春秋さんのおかげだ。
だから音葉先輩のお話を一通り聞き終えた後に、先輩からこうお願いされた時は戸惑ったけど。
……恩返しが出来る大チャンスだと思った。
「なっちゃん。なっちゃんが今やってる活動で春秋を音楽の道へ戻すきっかけになってくれないかな……」
音葉先輩は凄く申し訳なさそうだった。多分それは……春秋さんとの事が”あった”からだ。呪縛とは違うけど……私に付きまとう約束。それは何があっても逃げる事が出来ない、いつかは果さなければならない約束。
私はその時がきたら、いいえとは言えないのだ。
「夏実の過去に私が介入する所じゃないけど、要は……その先輩は過去を使って夏実を利用しているだけじゃん」
「ん……。まあそう言われればそうだけど」
「なんかそれ……むかつく。夏実がここまで来れたのにどれぐらい苦労したと思ってるの!!」
沙紀は本当に私の事を大切にしている。だから、それを利用する音葉先輩を許せないのだろう。でも、それは違うよ。私は感謝しているんだから。
「もしかしたら、私はこうなるのを待っていたのかも知れない」
つい、そんな事を口にしてしまう。
モニター越しでも沙紀が目を丸くしてるのが分かった。
今の時代は便利だ。こうやって遠く離れた相手とも電話出来るし、カメラを使えば顔を見ながら会話も出来る。相手の表情が分かって話が出来る事がこんなにも安心する。
「まあ……いいわ。それがどれだけリスクあるのかちゃんと考えた判断なんだよね?」
「うん……もちろん」
リスク……。その言葉が意味するモノ。
私の選択によって沙紀やサークルのメンバーと一緒に創ってきたかけがえのないモノを無くしてしまう可能性がゼロだとは言えない。本来ならそこまでする必要はないと誰が見ても思う事だよね。……ごめんね。
「……わかった。夏実が決めた事に私達は従うだけだから」
沙紀はそれ以上文句は言わずに、ただ、何かを察したようだった。
「ありがと」
私は沙紀にお礼を言う。本当に一緒にここまで来れたのが沙紀で良かった。その気持ちを込めたありがとう。
「んじゃ企画決まったらさっさと連絡頂戴よ」
気持ちが伝わったのか、沙紀は少し照れてそう言い放った。
「うん。じゃあね」
私はそんな可愛い仕草を見せる沙紀を微笑みながら、四ヶ月悩んで決めた事を伝え終え、通話オフのアイコンをクリックした。
通話を終えた自室にはエアコンの起動音が響き渡っていた。時刻は午後九時。私は急に外が見たくなりカーテンを開ける。窓には外と中の気温差で水滴が発生していて曇っていた。
手の平で水滴を拭く。その隙間から外を眺める。先程まで降っていた雪はもう止んでいた。
もうじき春が訪れる。
春秋さんの誕生日まで一ヶ月を切っていた。